先生は元特許庁の審査官で、現在は弁理士をなさっています。「生まれ変わったら、また審査官をやりたい」とおっしゃいましたし、「僕は便利屋でね。審査では色々な分野があるけれども、審査官が欠けるとあっちへこっちへ廻され働きましたよ、それがまた勉強にもなってね。知的財産という分野で仕事が出来て、楽しい人生でしたよ」とも。審査官の申し子?そんな表現が当たりませんか?まったくもって気さくな、実年齢は信じがたい、若々しい生命力にあふれた方でした。受賞された美しい瑞宝章を皆で見せて頂きました。
「物理と数学は得意でね、工学部の電気工学科へ進んだのに、実際は文を読み砕く仕事をしていた訳です。今は書く方が主ですかね。人にはいろいろな能力がありますが、文を書く能力というのも個性があって、万人が書けるものでもないのですよ。審査官とは、下手な文章を読む動物、そのように躾けられているんですが、ひどい明細書を読むのは大変なんです。発明が出来る技術者が必ずしも良い文章が書けるとは限りませんね。皆さんはどちらですか?やはり両方に優れるというのには限界があります」
「審査官は何をやっているか、交通整理ですよ。先ずは届いた申請書を読んで先願を調べる。類似の先願から引き算をして、残りすなわち相違点があれば、今度は公知例等から類似を捜すんですね。それで0になればずばり同じな訳だから拒絶となります。僕の場合は最初に請求範囲を見ます。それだけで有る程度は分かりますから。特に女性にお願いしたいのは、拒絶理由にされた先願と自作との違いを冷静に鑑識出来る目を持って頂きたいことです。
頭のいい特許→フロッピーの斜めの穴と丸い穴、尊敬する特許→デジタル時計の時と分の間の秒のコロン、文字数の少ない良い特許→カラオケ画面の文字の色が変わる。良い特許→越後製菓の切り餅、、、等、感心する特許が沢山ありますね。発明の時期との兼ね合いもあって、明治11年の100年以上前に発明された現在出回っている挟み具、これも大したものですが、その当時は、はがねの板をまるめるという技術はなかったですからね」
「意匠は大事です、強いですよ。デザインですから。クリップの件ですが、S氏の作品と類似品をK社が出しましてね。それは穴の有無の相違ですが、S氏は意匠の判定請求して認められました。その穴には使用上意味がないという理由です。意匠の要部に関わらない違いであったから、K社は認められなかったのですね。」
最後に86歳の方の質問をご紹介します。めりはりのある声量のあるお声と、説得力ある内容と意気込みに、少し若い我々の方がむしろ励まされました。
「初めて参加しました勉強会ですけれど、品物を世の中に出すということは大変なことだ、ということが分かりました。最近、こんな物があればと思いまして。お店で見ましたら既に類似品が売られていました。しかし値段が高くて。この会の歴史も存在も知らなかったような、パソコンも出来ずネットも見えずという私が、一歩踏み出した現実に驚いているような状態です。自分の考案は意匠にすれば良いのか実用新案なのか、いろいろとプロの先生にご相談したくなりました。相談料はいくらかなのか知りたいのですが。
もう一つ、審査は何人でその認定をなさるのか。そして審査官の見解によって差は出ないのか等についてお伺いしたいと思います」
常会終了後は、先生と共にお決まりお食事コース。86歳から赤ちゃんまで加わった、課題のないお楽しみ会となりました。